大阪高等裁判所 昭和41年(行コ)2号 判決 1966年11月29日
控訴人(原告) 永田益造
被控訴人(被告) 神戸国際港都建設事業生田地区復興土地区画整理事業施行者 神戸市長
訴訟代理人 上杉晴一郎 外一名
主文
原判決を取消す。
本件訴を却下する。
訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が原判決添付別紙第二目録(一)記載の建物につき訴外村田春生に対して、および同目録(二)記載の建物につき訴外仲西芳子に対してなした各仮換地(三宮元町換地区一街区一一号、六三一坪八合一勺)への移転通知処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は「控訴人の控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。
当事者双方の主張は、
控訴代理人において、
本件建物の移転工事が昭和四〇年一一月二九日被控訴人主張のごとく完了したことはこれを認めるが、これにより被控訴人の本件移転通知の取消を求める訴の利益が消滅したとの点はこれを争う。
本件移転通知の取消は移転の通知が始めよりなかつたと同一の効果を生ぜしめることにあるから、移転通知の取消が効果を生ずれば、土地区画整理法七七条四項の規定による施行者の直接施行の法的根拠を失わしめることになり、その施行は違法なものとなる。このことは控訴人が仮換地につき原状回復(施行者に対する仮換地上の建物の除去)、損害賠償を請求する上に利益がある。この意味で控訴人は行政事件訴訟法九条にいう「処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者」に該当するといわなければならない。そしてこの利益たるや家屋の移転前において移転を阻止するための利益とその性質において異るところがないから、移転行為完了後は訴の利益が消滅したという被控訴人の主張は当らない。
なお、行政不服審査法四〇条四号は「事実行為についての審査請求が理由があるときは、審査庁は処分に対し、当該事実行為の全部又は一部を徹廃すべきことを命ずるとともに、裁決でその旨を宣言する」と規定しているが、右行政不服審査法とその性質を同じくする行政事件の取消訴訟において、通知行為が事実行為に移行したからといつて、これにより取消訴訟がその利益を失うものと解し得ない。
仮りに被控訴人の主張するごとく、移転工事の完了によつて、訴の利益が消滅するものとせんか、現在我国の訴訟の進行状態より見て土地区画整理法七七条三項に規定する三月以内に訴訟を完結することは不可能に近いから、移転通知にいかに違法があつても、これが取消訴訟中に直接施工さえすれば、訴の利益喪失の理由により請求を棄却されるわけで、かくては違法公許の結果を生ずることになるのであつて、かくのごとき不合理が許される筈がない。
と述べ、
被控訴代理人において、
一、神戸国際港都建設事業生田地区復興土地区画整理事業施行者である被控訴人神戸市長は、土地区画整理法第七七条一項、六項に基き(一)昭和四〇年一〇月一六日本件家屋の移転工事(いわゆる施行者の直接施工)に着手し(二)同年一一月二九日右工事を完了した。
二、右により、控訴人の本件家屋移転通知の取消を求める訴の利益は消滅した。その理由は次のとおりである。
(一) もともと土地区画整理法七七条二項の移転通知は、これにより何等具体的義務が発生するものではなく、施行者が移転工事をなす場合の前提手続たるに止るから、このような前提手続たる通知行為につき、しかも被通知者でない第三者(控訴人のような土地所有者)がその取消を求める利益(原告適格)を有するか否かは疑問である。
(二) ところで本件移転通知が取消訴訟の対象となり得るとの積極説の根拠としては、右通知が施行者のいわゆる直接施行の前提行為として法律上要求されていることから、その前提行為を争い、取消を得れば、建物の移転という後続的事実行為を阻止し得るという点に求められるであらうが、これを逆からいえば、建物の移転という事実行為が完了してしまえば、前提行為たる移転通知の存在意味はなくなり、従つて、その取消を求める利益ないし必要性はなくなるということにならざるを得ない。けだし、行政事件訴訟法九条(原告適格)にいう、処分の効果がなくなつたとは、上述の移転通知後、移転工事が完了した場合のように、当該処分の存在が将来に向つて無意味になつた場合をも含むと解すべきだからである。
なお、後日、建物移転行為を不法行為と構成して、損害賠償の請求をなすに際し、前もつて、行為の違法性の判断を得ることは必要でないから、これを理由に、本件訴の利益はいまだ消滅していないということはできない。
三、なお、被控訴人は、従前の本件家屋の間口、坪数、材質などの構造、および公道、商店街との距離関係等の同一性を維持しつつ、従前地の位置に照応する仮換地上に移転工事を完了したのである。
と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
(証拠省略)
理由
先づ当審における訴の利益消滅の抗弁について判断する。
土地区画整理法七七条二項の移転通知は施行者が移転工事をなすための前提要件をなし、しかも建物等の移転の開始から終了までの間は所有者および占有者の建物等使用権能は停止され、これを使用してはならない義務を負う(同法七七条七項)のであつて、施行者の工事に対し被通知者にかかる受認義務を生ずる一つの要件といえるから、この意味において一種の法律効果を生ずる処分ということができる。もつとも被通知者でない第三者(控訴人のような土地所有者、――控訴人が本件従前土地の所有者であることは争がない)がその取消を求める利益(原告適格)を有するか否かは検討を要する問題ではあるが、被控訴人は訴外人等に対する本件移転通知を前提として、直接施行(代執行)により訴外人等が従前の土地上に所有する建物を仮換地上に移転することができるのであるから、もし控訴人の主張どおり右訴外人等が従前の土地に対し何等の権利を有するものでないとするならば、控訴人は右移転通知によつて仮換地に対し従前の土地に対する完全な所有権者としての権利の行使を妨げられる結果を招くおそれがあり、右通知行為を争いその取消しを得れば、建物の移転という後続的事実行為を阻止し得る点において、やはりこれが取消を求める法律上の利益を有するものと解すべきである。
ところで、事業施行者たる被控訴人神戸市長が昭和四〇年一〇月一六日本件家屋の移転工事(いわゆる施行者の直接施工)に着手し、同年一一月二九日右工事を完了したことは当事者間に争なく、被控訴人は、右により、控訴人の本件家屋移転通知の取消を求める訴の利益は消滅したと主張するので按ずるに、行政事件訴訟法九条は、「処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴えは、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる」と規定しているところ、控訴人が本件移転通知の被通知者でない第三者として、その取消につき有する法律上の利益が叙上説示のとおりである以上、建物の移転という事実行為が完了してしまえば、前提手続たる移転通知を争う意味はなくなり、従つて、その取消を求める利益ないし必要性はなくなるといわざるを得ない。
控訴代理人は移転工事の完了後といえども、移転通知の取消判決を得ることにより、その直接施行を違法ならしめることは、控訴人が仮換地につき原状回復、損害賠償を請求する上に利益があるから、行政事件訴訟法九条にいう「処分……の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分………の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者」に該当すると主張するけれども、先づ、損害賠償の請求をなすに際し、前もつて行為の違法性の判断を得ることは必要でないから、これを理由に、本件訴の利益は未だ消滅していないというのは当らない。次に原状回復の請求についていえば、一般に行政処分取消判決の結果、違法な事実状態が残つた場合、国又は行政庁が私人に対し、現状回復義務を負うかどうか、又そういう義務に対応して私人が原状回復請求権を有するかどうかは行政法の理論上の問題ではあり得ても、別段の規定のない限り、実定法上の問題としてはにわかにこれを肯定し難いところであるから、かかる理由に基いて前記移転工事完了後における本件訴の利益を認めるわけにはいかない。
なお、控訴人は行政不服審査法第四〇条四項の規定を根拠として通知行為が事実行為に移行したからといつて、これにより取消訴訟がその利益を失うものではないと主張するけれども、肯認し難い。けだし、行政不服審査法は行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当る行為に関し行政庁に対してなす不服申立手続等を規定したもので、司法裁判所に対してなす行政訴訟とは本質を異にするのみならず、本件取消訴訟の対象は移転通知で、いわゆる準法律行為的行政行為に属し、事実行為ではない。そして現行土地区画整理法においては、同法七七条の建物の移転は施行者が整理事業施行内容の一つとして自ら行う建前になつているから、控訴人の主張するごとく、通知行為が事実行為に移行したというのは当らない。
さらに、上述の如く、移転工事が完了してしまえばもはや移転通知の取消を求める利益がなくなると解するときは、現在のわが国の訴訟の進行状態よりみて移転通知につき違法公許の結果を招来することになり不合理であると控訴人はいうが訴の利益の存否はいわゆる訴訟遅延の問題とは全く別個に考うべき事柄であるから、右主張も採用のかぎりでない。
以上のとおり、控訴人の本件家屋移転通知の取消を求める訴の利益は該移転工事の完了により消滅したものというべく、控訴人の本件訴は却下を免れない。よつてその余の判断をまたずして原判決を取消し、本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小石寿夫 宮崎福二 松田延雄)